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2006年06月25日

池波 正太郎「むかしの味」-味覚から日本のむかしの豊かさをしみじみ。

むかしの味むかしの味
池波 正太郎

新潮社 1988-11
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池波正太郎先生の鬼平犯科帳ファンの方は多いと思います。 鬼平のドラマの中でも、また小説の中でも、ストーリーや登場人物とともに、その時代の食が丁寧に紹介されています。

物質的に今ほど豊かでなかった、昔の時代の調理方法は食材の生かし方など、はるかに精神的に豊かな時代だったように思います。

以前、「太陽」で小さな贅沢に幸福を見るような東京の下町界隈の食の紹介の記事を見たことがあるのですが、池波先生の小説の背景には、そういった戦後の庶民の感覚が強く感じられます。

「戦後」という時代が希薄さを増し始めた今、食の向こうに見る日本人の文化は、とても大切にしなければならないことだと感じます。

池波小説に見る食文化-これも和式と認識したいと思います。。。

2006年06月19日

美空ひばりの歌い方こそ日本歌謡-演歌

美空ひばり/ファンが選んだ美空ひばり映画主題歌集~松竹編~

演歌の特徴はこぶしと独特の節回しである。どちらも楽譜では表現されないものである。

歌い方は、歌手の個性にゆだねられ、上手い演歌歌手かどうかというのは声や発声がきれいであることが重要ではなく、こぶしがうまく回り、個性があるかどうかである。

演歌の起源は、日本民謡や浪花節なのではないかと言われている。
民謡や浪花節の歌いまわしの発声やこぶしの使い方など、演歌と似通っているからである。

かつて、明治以降の西洋優先主義が音楽の世界も大きく影響され、西洋音楽ばかりがもてはやされるようになった。
しかし古くからある民謡は廃れることなく脈々とその伝統をつないできた。
その流れが昭和30年代になって演歌となって泉のごとく噴き出してきたのではないかといわれる説がある。

美空ひばりの独特な歌い方や節回しは、やはり演歌の元祖と言っても過言ではないかと思う。

彼女は、昭和12年横浜市の下町に生まれ。昭和20年の敗戦までを幼少期として過ごした彼女は、召集される近所のおじさんやお兄さんたちを送り出す席上で、大人の好む演歌を感情込めて歌い、そしてそれが周りの大人を感動させることが日常であった。

東京キッド

9歳のときNHK「のど自慢」に出演し、悲しき口笛を歌うも、その歌い方が大人の色気をそのままに表していて不健康である、という理由で落選。しかし、大人顔負けの舞台が評判となり、昭和24年河童ブギウギでデビュー、同年初主演映画悲しき口笛が公開され、以降、このときわずか12歳の彼女はスター街道をひた走ることになる。

敗戦後の日本庶民の心をつかんだ演歌は、やはり日本古来の民謡や浪花節が背景にあるのではないかと言われている。
そういう意味で、美空ひばりの歌は、「歌謡」という昭和の時代に生まれた演歌の元祖であり、象徴的な存在だと言っても良いでしょう。

2006年06月18日

本畳 草履。これは和式アイテムでしょう!

人気のタタミ仕様!REEF(リーフ)ビーチサンダル/メンズ/TATAMI BAHAMI

本畳地の草履。これは、もう、かなりな日本的グッズでしょう。

まあ、草履自体が日本の象徴的な履物ではあるのですが、さらに足の裏の感触を本畳で味わってしまうと言う、追い討ちをかけたようなグッズであると思う。

粋な男は、足の裏も畳のおかげで、座敷に上がったときも「足の裏から妙な臭いは発しないぜ!」と言わんばかりな粋なグッズだ。

恥ずかしいお話であるが、私、かつて父の日にこの「本畳草履」を贈った経験がある。当時は、とても野暮ったい履物に見えたのであるが、最近、何か流行っているようです。
※写真は若者向けにデザイン化されたサンダルです。かつては、もっと安っぽい雪駄でした。

しかし、草履自体に畳をくっ付けてしまう所、日本的だと思うのですが如何でしょうか?

靴の底がカーペットとかペルシャ絨毯なんてもの見た事ないですから。
日本人ならではの発想が日本文化をハイブリッドしたグッズだと思います。

MOVABLE TYPEでブログをつくりました。

ポータル系のブログサービスを今まで利用していたのですが、ロリポップでMOVABLE TYPEを利用してみることにしました。

色々難しい部分も多いのですが、少しなれるようにがんばっていきます。